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2013年1月17日木曜日

「桐島、部活やめるってよ」を尋ねて。

IMG_4503先日発表させていただきました俺の2012年・映画ランキングにおきまして第1位の栄冠を勝ちとられました「桐島、部活やめるってよ」が、日田リベルテで上映されておりましたので、この栄光を祝しまして表敬訪問させて頂かねばなるまい!ねばねばなるまい!と2回意気込んで行って参りました。
ちなみに僕が『桐島~』を観るのはこれが3回目です。

IMG_5775 (1)お店の中に入るとこんな感じで雑貨屋さんテイスト。可愛い雑貨やCD、濃厚な書籍がズラリ。良い感じのお店でしょ?この奥に60席ほどの小さな劇場があって「なんか学校の視聴覚室みたい!」って思ってたら、上映開始の合図が「キーンコーンカーンコーン・・・」って学校のチャイム音でビックリしました。可愛いから許す!

日田リベルテで感動したのは、映画館の座席に折りたたみ式のテーブルが付いてて、映画が始まる直前に、自分が座ってる席まで飲み物を持ってきてくれる事。ホットカフェオレ頼んだら可愛いマグカップで来たのも嬉しかった。

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ひじかけからテーブルにトランスフォーム!

o0300042412157610989で。せっかくなんで桐島の感想を。

映画「桐島、部活やめるってよ」公式サイト

最初は原作未読の状態で観に行ったんですけど、映画を観て、これはちょっと事件だと思いまして、急いで本屋さんに駆け込んで文庫を買いました。それくらい良い!この映画に登場する全ての高校生達が「それでもこの世界で生きていかなければならない」ゆえに青春を爆発させていましたよ。眩しくてたまらんかった!

始めに結論から言いますけど、この映画は本当に日本映画史に残ると断言できます。特に学園モノというジャンルにおいては、桐島前・桐島後」というふうに、必ず比較対象として引き合いに出されるでしょう。

キャスティングが全員かなり素晴らしく、演技は勿論なんですが、特筆すべきは、
余計な演出しなくても、その登場人物がどんな奴なのかは顔が物語ってるという。

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主人公である映画部の前田くん。かわいらしくて愛すべきボンクラでした。モテなさそうだけど見てて気持ち悪いほどじゃない、みたいなバランスが絶妙ですね。どこが悪い訳でもないんだけど極端にセックスアピールが無いんですよね。

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映画部の同級生・武文(前野朋哉)とのやりとりがいちいち最高です。

じつは武文役の前野朋哉くんは、俳優としての活動しつつ映画監督でもあって、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭のオフシアター・コンペティション部門で審査員特別賞とシネガーアワードを受賞してたり、あのジョニー・トーからも将来を有望視されるほどの手腕の持ち主なんですよ。

彼の監督作品の予告編を貼っておきます。




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バトミントン部のかすみちゃん(橋本愛)。

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「あれ?もしかして俺たち結構趣味合う?」と思ったのも束の間、実際そうでもねえ時のあの息苦しさが見事に描かれていて悶絶しました。

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沙奈(松岡茉優)。クラスの同調圧力における悪の枢軸のごとき女子。俺達がムカつきたい女子とでも申しましょうか、女の腐ったような女をじっくり熟成させてさらに腐らせたような女で、よくある「女の子同士のメンドくさいアレ」を類稀なる演技力で見せてくれます。演技が自然すぎて「この子、ホントにこういう奴なんじゃないのか?」と思えるほど松岡茉優ちゃんにとっては全く得しない役どころではあるんですが、見事に演じきっていましたね。

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学校一のカワイコちゃん・梨沙(山本美月)。美人すぎてもはやSF。過剰なタテ巻きがいかにも女子高生のやりそうな髪型です。毎日巻いてるうちにだんだん加減が分からなくなってきちゃって、今この状態、みたいな。

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吹奏楽部・部長の沢島さん(大後寿々花)。この子の宏樹に対する片想いっぷりに共感する女子が多発している模様。

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宏樹が何気なくている窓の外を見つめる沢島さん。こんな1カットで乙女の切ない恋心を表現できるスマートさ!この1カットだけで、彼女が「宏樹クン、今何考えてるのかな?」って想いを巡らせてるのが分かりますもんね。

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帰宅部・竜汰(落合モトキ)。俺が高校生の頃なら「は~い!死ねばいいと思いま~す☆」って思ってたであろうキャラ。特にミサンガのシーンは本当に臍を噛み切る思いで殺意を隠せませんでした。
ただ、こういうタイプの調子ぶっこいてる奴にかぎって、世渡り上手というか、挫折しないでスルスル~と人生うまく行くんだよなあ。

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帰宅部・友弘(浅香航大)。映画の中で何回もバスケして何回もシュートを打つんですが、なにげに1本も入ってないという。普通1回くらいはまぐれで入るだろ、と言いたくなるほどバスケの神様の降りてこなさには好感が持てます。

男子の制服の着こなしでキャラの描き分けしてるのが上手いんですよ。クラスのイケてる派(運動部系)はネクタイも緩めで着崩してて、イケてない派(文化部)はピシっと真面目に着てる。チャラい派(帰宅部)はシャツの上にパーカーとかニットとか着てる。


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バレー部の久保(鈴木伸之)。オレ、こいつとは絶対友達になれねー!

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バレー部・風助(太賀)。桐島が部活を辞めた穴埋め要員として急遽レギュラー入りするんですが、やはりスーパースター桐島の代打としては実力不足で、周りからは責められるし本人も重々分かってるんだけど体が追いつかないんですね。そしてどんどん自分で自分を追い込んでしまうという切ない男。
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「何とかしようとしてこの程度なんだよ俺は!!」って久保に掴みかかる、このシーンがホント泣ける。

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それを見ているバドミントン部・実果(清水くるみ)。彼女の亡くなった姉がバドミントンの実力者で、姉のようになりたくてバドミントンやってるんだけどなかなか追いつけないというコンプレックスがあるんです。だから彼女は、風助の「なりたい自分と現実の自分とのギャップ」に悩む気持ちが痛いほど分かるんですよね。それを言葉にしないで表現できてるのも素晴らしい。一刻も早く風助と付き合ってください!

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野球部のキャプテン。ブレなさ、という点ではこの映画の中で最強のキャラでしょう。彼の名台詞「ドラフトが終わるまでは・・・」は一生忘れません。

幽霊野球部員・菊池宏樹を演じる東出昌大くんが本当に素晴らしい。

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「だから結局ぅ、出来るやつは何でも出来るし、出来ないやつは何にも出来ないってだけの話だろ。」と、神と思しき勝ち組視点からの物言い。

そう言い放ってからの~

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振り向きざま、シュート!!

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なに成功してんだよ!

とまあ、こういったシーンからも分かるとおり、宏樹はいわゆる持ってる側の人間な訳です。勉強出来る、スポーツ出来る、ルックス最高、女にはモテる・・・出来杉出来蔵くんなんですね。要するに「生まれつき持ってる奴」なんです。前述の「出来るやつは何でも出来るし、出来ないやつは何にも出来ないってだけの話だろ。」って台詞も、出来過ぎちゃうからこその調子コキ発言でもあるわけ。
ところが、話が進むにつれ、宏樹はある事に気付いてしまうんです。
「あれ?俺、夢中になれる事が何にも無い・・・」と。

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終盤の、宏樹がサボり続けた部活を再開しようと決意した瞬間に居場所がなくなるシーン→その後の屋上でのやりとりや表情など、切ないやらカッコイイやら美しいやらで、思わず込み上げるものがございました。こいつ良い役者になるぜ。


とまあ、ここでは書ききれないほど良いシーンの連続なんですが、ホント事件ってくらい感動したのは、やはりクライマックス。
夕方の屋上で前田君が「みんな喰い殺せ!」って指令を出して、ゾンビa.k.a映画部員どもがイケてる生徒軍に襲い掛かるシーン。o0450029912206743321
普段は温厚な前田君が「調子こいてる奴らマジぶっ殺す!」と、不条理なスクールカーストへの怒りが爆発する!
彼にとってゾンビ映画がまさに「半径1メートルのリアル」だった事が証明された瞬間ですよ。

しかもこのシーンでかかるBGMは失恋してふっきれた沢島さんが演奏するワーグナーの曲。
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好きな事に一生懸命打ち込んでいる子達がついに何かを掴み取る瞬間ですよ!しかもこの屋上シーン、原作にはないくだりなんですよ。この作品の肝の部分をガッチリ捉えた本当に素晴らしいシーンだと思います。ものすごく脚本が良いんですよね。

以前KBCシネマで「桐島~」観たとき、このシーンで他のお客さん達は皆笑ってたんですよ。でも俺はそのシーンで超泣いてて「そこ笑うとこじゃねえよ!なんで笑うんだよぉ~!」って思ってたんだけど、ふと隣を見たらスーツ姿の中年オジサンが俺よりも大号泣してたのが素敵な映画想ひ出です。

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ゾンビ部 映画部のみなさんお疲れ様でした。


『桐島、部活やめるってよ』でズキューン!ときた人だけで少年自然の家みたいなトコに合宿してもいいくらい良い映画なんだよ。

この映画は序盤で学校内格差や同調圧力、そしてそれにまつわる人間関係を描きながら、桐島という不思議な存在を通して、だんだんと「全てを持ってるけど大切な何かを持ってない奴」「何も持ってないけど大切なものはちゃんと持ってる奴」の話に帰結していくんです。

好きなものを好きでいつづける事の素晴らしさが非常に美しい形で描かれていて感動的。
ラストの「戦おう。それでもこの世界で生きていかなければならないのだから。」って台詞が猛烈に心にしみます。
つまり、これは学校の中だけの話ではないんです。人間の集まっている場所ならどこにでもある、この世界全体に通じている話なんですね。

こんだけ良いと言い続けてるのに、それでも観ないやつは馬鹿としか言いようが無い!
そう言いきれるほどの傑作です。

2013年1月5日土曜日

ロック崇拝・アイドル蔑視について

昨日あたりからTLで踊りだしたネタ。

「ロック」を崇拝し「アイドル」を侮蔑する人々
http://regista13.blog.fc2.com/blog-entry-50.html


まず、この「司会者と評論家による対談」という形式の文章を1人2役で書いている事に何かヒンヤリとしたものを感じるばかりですが、そこはなんとなくタブーな領域なのだろうと察しがつきますのでこれ以上は触れません。

そもそも、今これだけアイドルのCDが売れて紅白に出れば高視聴率を叩き出して「アイドル戦国時代」と言われるほど豊潤な土壌もあるんだからもういいじゃないか、その辺にしておかないか、という気がしないでもないですが、そんな事を言ってしまったら身も蓋もありませんので、今日は僕の気になった1点について書きます。



ワタル氏や金子氏のその辛酸舐めてる気分は分からなくもないのですが、「同じ事を言うにしても言い方ってものがあるだろう」という点と、【歌がうまくて更に可愛いのがアイドルだろ?】の部分などはアイドル論として明らかに間違っているという点で、アイドルファンの反発を買うのも致し方ないのかな、と思います。

ただ、DOESワタル氏やRIZE金子氏の場合、「ロック最高だろ!俺達が一番カッコイイだろ!大安売りのアイドルなんか聴いてんじゃねーよ!」的な無謀な発言をする事も含めてロックンローラーとしての華麗なるお仕事の一環なんですね。ですからそこを攻撃してしまっては可哀相だろうという気もします。
ワタル氏や金子氏は本来なら軽く「アイドルもいいけどロックもね」と言えば済むところなんですが、ロックの住人としては「メインストリームに対する攻めの姿勢」で敢えて若干の波風をおっ立てたい感じもあったでしょう。そこに全うな音楽論や正当なアイドル論でもって攻め込んでいってしまうというのは、やや無粋といいますか、それじゃまるで、アントニオ猪木が「元気があれば何でも出来る!」と言っているのに対して「いやいや元気だけではどうにもならんだろ」とマジレスするようなものじゃないかと思うわけです。

ですから、例えロックンローラーの発言のピントが多少ズレていたとしても、我々は「また言ってるよニヤニヤ」と、半笑いでこれを粛々と受け止め、そのほろ苦さやコクをじっくりと味わうのがベストなのではないか、というのが私の考えであります。

というのも、金子氏が件のツイートを投稿してから後のツイートを見てみると、


などと、なんだか可愛らしく思えてきますし、直接的に文章にはしていないものの、その行間から金子氏の「引き受けている感」がそこはかとなく見て取れるからであります。

例えば、元AKB48の前田敦子が言い放った「私の事は嫌いでも、AKBの事は嫌いにならないでください!」といういかにも彼女らしい名言も、聞く人が聞けば「なんだ喧嘩売ってんのか」と単なる挑発にも取られかねない訳で、そこはやっぱりあっちゃんがトップアイドルとしての宿命を「引き受けてる」からこそ、心に響く名言となり得たわけです。

ロックミュージシャンにしろ、アイドルにしろ、何らかの誤解を受けることは覚悟の上で、自らのエンターテイナーとしての業を引き受けつつ発言する使命を背負っているという点では同じなのであります。

そういったことからも、アイドルファンの皆様方におかれましては、ロックの住人を嫌悪・敵視することなく是非とも穏便に済ませていただきたいと切にお祈り申し上げる次第でございます。

異論・反論、多々ございましょうが、そこに関しましてはソッコーなる土下座謝罪をさせていただきますゆえ、なにとぞ御容赦くださいますようお願い申し上げます。

2013年1月4日金曜日

懸念

2011年3月11日の東日本大震災から7か月後。
ノンフィクション作家・石井光太氏の名著『遺体―震災、津波の果てに』が上梓されました。



震災による犠牲者の遺体および遺体安置所にまつわる様々なエピソードや生き残った人々の群像劇が、綿密な取材とインタビューによって織り成される、といった内容。
著者である石井氏が目の前の惨状や悲劇から目を背ける事無く、むしろ被災地の悲しみに寄り添うかのように丁寧な取材を重ねているのが印象的。
まさに壮絶としか言いようの無い光景が、冷静かつ多角的な視点で描かれていて、素晴らしいルポルタージュ本です。

そしてこの本は出版直後から様々なメディアに取り上げられ、話題が話題を呼び、また石井氏が各メディアに露出した際の喋りの達者具合も相乗効果を生み、結果として2011年のベストセラーとなったのでした。

各界からの評価も非常に高く、第18回 「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」で「震災・原発報道特別賞」を受賞。さらに第34回講談社ノンフィクション賞と第11回新潮ドキュメント賞にノミネートされました。

ほんでもって情熱大陸にまで取り上げられました。

【情熱大陸】 石井光太(ノンフィクション作家) 2012/8/19

 

ところで。

なぜ私がそんな一昨年のベストセラー本の話をしているのかと申しますと、この本がこのたび映画化され、『遺体 明日への十日間』なるタイトルで2013年2月23日(土)から全国公開されるからであります。

映画「遺体 明日への十日間」予告編

映画「遺体 明日への十日間」公式サイト


洋画・邦画を問わず、ベストセラー本が映画化されるという事はよくある話なので何の問題も無いかと思われます。
個人的には、やけに説明的で「泣かせまっせ~」感溢れる予告編が若干気になるものの、エンターテイメントビジネスという都合上、まあ仕方がない事でしょう。

ただ、私がひとつだけ危惧しているのは、監督・脚本が君塚良一だという点です。

君塚良一氏と言えば、かの「踊る大走査線シリーズ」の脚本を務めた事で有名ですが、当ブログでもその手腕を高く評価しており、2010年・映画ランキングでは君塚氏が脚本を手がけた「踊る大走査線 THE MOVIE ヤツらを解放せよ!」が59本中57位。翌年の2011年・映画ランキングではこれまた君塚氏が脚本を手がけた「これでいいのだ!! 映画★赤塚不二夫」が81本中・最下位をマーク。さらにその翌年2012年の映画ランキングではこれまた君塚氏の脚本による「踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望」が94本中・90位をマークするなど、非常に輝かしい高成績を残しておられるのが現状であります。

では、君塚良一氏の脚本のどこが凄いのか?という点について率直に説明申し上げます。

まず、君塚氏は【大して深く考えてないくせに脚本にやたら社会問題を取り入れたがる】【社会問題を取り入れながらも、問題の理解がほぼ思い込みによるもの】といった点において類稀なる才能を遺憾なく発揮しておられます。
特に、「ネット社会」および「近頃の若者」を執拗に嫌う傾向があるものの、作品の端々から「実際よくご存知ないのだな、思い込みで嫌っておられるんだな」という事がつぶさに見て取れる、そんな一目瞭然の間抜けぶりもキュートかつチャーミングとしか言いようがありません。

また、君塚作品の特徴である「途中から何の話をしているのかよく分からなくなる」というあたりも、さすが、の一語に尽きるのであり、手がける脚本が必ずちゃんと酷いという、ある意味天才ではないかという疑念すら湧く次第でございます。

最高の原作を最低の監督が撮る、という映画本編と関係ない部分で悲しい結末を迎える事のないよう、若干の距離を置きつつ生暖かい目で見守っていたい、そんな気分に浸っています。


しかしまあ、そんな事は割とどうでもいい事案でして。

結局のところ、私が言いたいのは、ただ1点。
一体全体、どういう英才教育を受ければこんなに情報量の多いボディになるのか?という事に尽きます。

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今そんなことばかり考えています。なぐさめてしまわずに。

2013年1月1日火曜日

最近読んだBOOKS。

喪中につき新年のご挨拶はご遠慮させていただきますが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

2012年は、ほとんどブログを更新しませんでした。
「ブログ更新してぇなあ。でもtwitterやってるからソッチで呟いた方が早えんだよなあ~。でもブログ勿体ねえなあ。」と逡巡することにも意味が無いくらい、全くブログを書かないという体たらくで、サボリというよりはむしろ虚無といった状態でしたので、2013年は多少改善していきたいと思っております。
そして2014年から本気を出します。

とりあえず、本日はブログのリハビリといたしまして、「最近読んだ本のamazonリンクを貼り付けていく」という、全力投球のへなちょこ球を皆様にご覧に入れたいと思っております。

2011年10月14日金曜日

Steve Jobs & PIXAR

さる2011年10月5日、アップル元CEOスティーブ・ジョブズが亡くなりました。

彼はアップルのCEOでありながら、映画製作会社ピクサーのCEOも務めていました。

ジョブズの死去に際し、アップル・ピクサーの両社とも自社サイトのトップページに追悼メッセージを掲載しました。

これがまた超対照的で興味深いんです。


こちらがアップルのトップページ。
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THE・偉人!って感じですね。
いかにもアップルらしい洗練されたデザインが印象的。


そしてこちらがピクサーのトップページ。
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左から、
エド・キャットムル(ディズニー・ピクサー社長)、スティーブ・ジョブズ(ピクサーCEO)、ジョン・ラセター(ピクサークリエイティブ部門のトップ)。
ピクサー設立者3人が仲良しこよししている微笑ましい写真です。映画館の座席でっていうのも泣かせる・・・。


こんなのもありました。

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ジョブズと同じ黒のタートルネックセーターに身を包んで彼を偲ぶピクサーのキャラクター達。
加齢と共に涙腺が馬鹿になってきてる俺には、こういうのがやけに泣ける・・・(;_;)


あと、かなりグッときたのがこの写真。

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ジョブズの訃報が報道された直後、カリフォルニア州エメリービルにあるピクサー社に大きな虹がかかったんです。
なにこのファンタジー。

 

 


もともとピクサー(当時はまだピクサーという名前も無かった)はルーカス・フィルムの中にあって、VFX効果用のCG製作ソフトを開発している一部門でした。しかしこれといった成果を挙げることが出来なかったうえに、金ばっかりかかって仕方ないってんで、ルーカスフィルムは自社のCG部門を手放すことになったのです。


そんな時、そのCG部門を買収したのがスティーブ・ジョブズでした。
たった1000万ドルで買収したそのCGチームを「ピクサー」と命名、CG製作ツールの開発を続けさせました。


そしてジョブズは、ピクサー社の開発したツールの性能を宣伝するために、ディズニー出身のクリエイターであるジョン・ラセターさん(現在はピクサー製作部門のトップ)に短編アニメーション作品を作らせます。
このアニメ作品を観たジョブズさんは「CGアニメ、結構イケるじゃん!」「CGで映画なんか作ってみたらオモロイはず!」という構想を抱くわけです。
それがピクサーがCGアニメ製作会社としてスタートするきっかけでした。

しかし、この頃のCG技術はまだまだショボくて表現力に乏しかったので、CGだけで映画をつくるなんて夢のまた夢でした。

しかも当時は「リトル・マーメイド」や「美女と野獣」などが大ヒットしていた所謂「第2期ディズニー黄金時代」で、もちろん手描きアニメーションが主流。コンピューターグラフィックで映画を作ると言っても誰も見向きもしない時代でした。


それからしばらくピクサーはCG製作ツールの技術開発に取り組みまくりつつも、少しも儲けを出すことはありませんでした。
それでもジョブズは万年赤字のピクサーにCM製作などのちっちゃな仕事を持ってきてあげたりして初期ピクサーを経済的に支えました。イイハナシダナー (;_;)


そしてついに、ピクサーが陽の目を見る日がやってきました。
1986年にピクサーが製作した短編「ルクソール Jr.」がその年のアカデミー賞短編アニメーション部門にノミネートされちゃったのです。
そして1988年には、短編「ティン・トイ」でついに同部門を受賞しちゃったのです!やったぜベイビー!


「アカデミー受賞」という強力な武器を手に入れたピクサー。

この武器を持って、ジョブズはついにディズニーと交渉します。
まあこの時ピクサーはディズニーアニメの下請け(着色など)をやっていたので多少つながりはあったものの、それでも映画製作の第一歩としていきなりディズニーに話を持っていくのが凄いです。
一体どんな勝算があったのか知りたいくらい無謀な話に思えますが、なんと交渉は成立。
めでたくピクサーはディズニーとの提携と配給契約を結ぶことに成功したのでした。


そしてそこからまた超ドラマチックな展開があり(話せば長いので男らしく省略します)、ディズニーはピクサーを買収。その後またゴニョゴニョして(長くなるので九州男児として省略します)、最終的には実質経営権をピクサーに全部託しちゃうまでになりましたとさ。めでたしめでたし。


その後のピクサーの活躍は皆さんご存知のとおり。
ジョブズパイセンはアップルCEOとしてコンピューター業界に偉大な功績を残したと同時に、ピクサーCEOとして映画史を前進させる偉業を果たしたどえりゃー男でもありました。


ジョブズは「なぜ映画の仕事をするのか?」ということについて、こう語ったそうです。

「映画の世界はゼロサムじゃないからね。コンピュータービジネスには勝者と敗者しかいないんだ。ウィンドウズを買った人は、もうマックは買わない。だけど、映画は違う。素晴らしい作品が何本もあれば、人々はそれを全部観る事だってあり得る。」

 

非常に素晴らしい発言ですね。
つまり、映画はどんな奴の感情をも揺さぶることが出来る、ってことでしょ。

さすが一流のクリエイターは何を語らせても一流です。。

 

 

ここで懺悔をひとつ。

かつての僕はアップルおよびアップル社の製品が嫌いでした。
理由は特にありません。なんとなく、です。

強いて言うなら、僕が卑屈な人間だったからです。

なんとなくオシャレだったのがいけ好かなかったのかもしれないし、なんとなくオシャレなアップル社製品に人が流れていくのが不快だったのかもしれません。

「macはwindowsと違ってウィルス感染の心配がない」と言いながら、windowsマシンがウィルス感染するよりmacが故障する頻度の方が高いのにも「何だそれ!」って思ってましたし、なにより「マイコンピュータとして不安定」という印象が非常に強かったです。マシンの安定性や使えるソフトの種類を考えたら、どう考えてもwindowsの方がイイだろ、とも思っていました。

特に音楽をやってる人だったりクリエイターだったりが使っているマックが「なんとなくマック」に見えて嫌でした。
マック使ってるほうがクリエイターっぽく見えるからマックなんだろ?と非常に卑屈なモノの考え方をしておりました。


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そのむかし、僕がアップルストアでインストアのライヴをやらせて頂いた時も、店内にwindowsマシンであるSONYのVAIOを持ち込んで演奏したほどであります。

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今となっては馬鹿だったとしか言いようがありませんが。

でもそれぐらい、アップルには抵抗を感じていました。

 

そんな僕も今やすっかりiPhone & iPod ユーザー。
今となっては、なんであんなにアップルが嫌いだったのか全く意味がわかりません。

これほどまでにユーザーをワクワクさせてくれる企業はそうそうありませんよね、まったく!

俺は最初から「アップルはやるときゃやる会社だ」って思ってた
んですよね~。アップル嫌いとかウソウソ!
今までちょっと不良ぶって反発してただけだから!

パソコンは相変わらずwindowsですが。。。