平野勝之というAV監督がいました。
彼は80年代~90年代にかけて活躍したAV監督で、V&RプランニングというAVメーカーで数々のオモロイけどヌケない名作AVを生み出した異色のAV監督としてその名を馳せました。
林由美香というAV女優がいました。大きな瞳の正統派美少女でありながらハードな絡みもガンガンやっちゃうギャップがウケて、たちまちAV界のトップアイドルの座に君臨しました。
2人は不倫関係にありました。
過酷を極めたその旅の一部始終が平野監督によって撮影され、「わくわく不倫旅行」なるAV作品として発表され話題となります。
その後、平野監督が由美香にフラレるという形で2人のイケない恋愛関係は終了。
平野監督はショックでロクな作品が作れなくなってしまいます。
いつまでも引きずってても仕方ない!と、なんとか立ち直ろうと思った平野監督は、もう一度だけ由美香に会って何か新しい作品を撮ろうとします。
しかし、そんな平野監督を待ち構えていたのは、由美香の突然の死でした。
僕がこの平野監督と林由美香という2人の存在を知ったのは高校生の時。
当時テレビ朝日系列で放送されていた深夜番組「トゥナイト2」で知ったんですね。
当時は「トゥナイト2」なんて信憑性に問題のあるトレンド情報をお届けする番組だという認識しかなかったんですが、今にしてみれば意外とサブカル情報満載だったんですね。
僕はAV女優としての林由美香の活躍ぶりをリアルタイムでは殆ど知りません。
なにせ彼女が現役でバリバリやってた当時、僕は中高生だったので。
僕より5~10歳くらい上の世代の男性諸氏の右手のアイドルじゃないですかね?
僕らの世代でいうと小室友里みたいな位置だったのかな~?と思います。意識的かつ能動的にAV女優をやっていて、「面白い作品を作るためなら何でもやる」っていう作り手側の視点まで持ったようなスター女優っていう感じ。
仮に僕がリアルタイムで林由美香のAV嬢時代を知っていたとしても、彼女は貧乳なので僕の射精射程範囲外だったと思います。
さて、このドキュメンタリー映画『監督失格』ですが、福岡では天神東宝1館のみの上映ということで、はるばる行って参りました。初日の10月1日(土)の夕方の回。映画の日・しかも週末ということもあって映画館にお客さんが多かったんですが、その殆どがちょうど同時刻に上映されてた「モテキ」の上映スクリーンに吸い込まれていくという現実も目撃しました。
そんなことはさておき、映画の話に戻ります。
前半は1997年に劇場公開された「由美香」のダイジェスト的内容になっています。
平野監督と林由美香、不倫関係にある2人が1ヶ月かけて東京~北海道まで自転車で旅するというもの。
林由美香と平野監督の関係について何ら予備知識の無い人でも、2人のどうかしてる関係がつぶさに見て取れると思います。
平野監督や林由美香の魅力とダメさ加減が過不足無く詰まっている見事な編集でした。
由美香の魅力的な表情や仕草、キュートさと天真爛漫さ、それに惹かれていく平野勝之のダメさだったり面倒くさい所 etc・・・ がギュッと濃縮されており、上手く編集してあります。
非常に丁寧なダイジェストだな、という印象を受けました。
林由美香がカメラ意識したり、何かに媚びたりせず、極めて自然にキュートなところがホント素晴らしい。
でも、それだけではないんですね。
不倫関係にある2人が1ヶ月かけて北海道まで自転車で旅してそれが世に公開されるなんて倫理的に完全アウトなんですが、にもかかわらず思わず行動に移しちゃった2人の旅の記録そのものが非常に面白いんです。
「イケナイ事の魅力に惹かれていってる人たちの思い」だったり「正しさを超えた欲望を見つけちゃった人たちの生き方」がわかりやすく編集されていてとても良かったです。
印象的だったのは、平野監督にカメラを渡された林由美香が1人で撮影するシーンが少しだけあるんですが、彼女がカメラを持つと一気に彼女独特の映像になるんですよ。本人は上手く撮ろうなんて意識は全くないし鼻歌なんか歌ってイイ気なもんなんですが、画面は完全に由美香色になってるんです。表現の神様に選ばれたような女の子だな~って思いました。
なんてったって彼女は監督に向かって「監督失格ね」って言えちゃうAV女優ですからね。
ちなみに元の「由美香」という作品は元はAVだったものが、後年に劇場用作品として公開されたもの。
AVといってもかなりエグイ部類です。カップラーメンにウンコを入れて食ってゲロ吐いてぶっ倒れるなど非常にエレガントなシーンもあるので、普通の人は掘り返してまで観なくていいと思います(笑)。
それでも「お金を払ってでも観たい!」という物好きな方はコチラからご覧になれます。
その後、舞台は一気に2005年へと移ります。
30歳を過ぎてからの林由美香の様子も非常に興味深かったですね。
なんだか恋愛至上主義的というか、恋愛や結婚への意識の高さが異常なんですよね。
しかも、自分のことだけを見ていてくれる完全無欠の王子様みたいな男性を求めている。
35歳にもなろうかって女が彼氏の携帯をチェックするとか、それどうなんだ?っていう(笑)。
とにかく誰かに目いっぱい愛されたくて仕方ない人なんだろうなと思いました。
それが「面白い作品になるなら何だってやる」っていう彼女の女優としての姿勢とも繋がってるんでしょうね。
その後、平野監督は由美香の35歳の誕生日に彼女と会って撮影をする約束をします。
しかし、待てど暮らせど彼女は待ち合わせ場所に姿を現さない。なんど電話をかけても繋がらず、一切連絡もとれない。
彼女は絶対に仕事をすっぽかすような女優じゃない。これはオカシイ!という事になり、急遽由美香ママを呼んで合鍵を使って由美香の自宅に入ることに。
この由美香の自宅に突入する場面の緊張感がハンパじゃないんですよ。
こっちとしてはこの先に待ち構えている悲劇を知ってるわけですからね。もう見てらんないよ!って思いながらも視線はスクリーンに釘付けっていう状態でした。
そして由美香の自宅で変わり果てた彼女の姿を最初に発見してしまう平野監督。
一瞬で事態を把握した由美香ママの激しい慟哭。
その一部始終を偶然にもカメラが捉えているんです。
この一連のシーンはどんな言葉で表現しても安っぽく感じられるほど壮絶。
悲報を受けて現場に駆けつけたカンパニー松尾氏の視点も彼独特の語り口があって切ない。
そしてなによりこの映画が傑作となった理由の1つに、由美香ママの魅力を引き出せてる点にあると思います。
彼女の優しさと強さ、最愛の娘を失った寂しさ、それを自分なりに乗り越えようとしている様子が短い映像の中にもキッチリ収められているんですよね。
見てくださいよ、この由美香ママの写真。
気をつけて下さいね、パパじゃないですよ、ママですよ。
シャツインでベルトが腰のやたら高い位置にあるところとか、胸ポケットのボールペンなんかグッとくるんですよね。
女性が見た目よりも機能性を重視したファッションになったときの味わい深さは格別なものがありますね。
最後、エンドクレジットで矢野顕子の「しあわせな、バカタレ」って曲が流れるんですが、これがこの救い無き物語に光を与えてくれるいい効果をもたらしてくれています。。
この曲なしで映画を観ただけではただ心に鋭く深い爪痕が残っただけになったと思うんですね。
でも最後にこの曲がかかる事で「でも、それでいいんだよ。仕方ないことだよ。」つって悲痛な気持ちをほぐしてくれる。音楽が僕達の肩にそっと手を置いてくれるんです。
このエンディング曲があるのと無いのでは大きく違う印象だったでしょうね。
終盤、この「監督失格」の編集作業に取りかかっている平野監督がカメラに向かって「たった今気付きました。由美香が僕に取り憑いてるんじゃなく、僕が由美香に執着していたんだ。」と独白するシーン。
僕はびっくりしました。この人、そんな事も分かってなかったのかと。第三者の僕には最初からそうとしか見えてなかったから。
その完全に自分を客観視出来なくなっていたんだという事が凄く興味深かったです。
だからその後の平野監督が嗚咽と絶叫を繰り返しながら自転車で爆走するシーンは、その異様さに思わず苦笑しながらも得体の知れぬシンパシーを感じました。
「最愛の人が死ぬ」という経験。
これは誰にだってやってくる事なんですよね。
もしかしたらそれが明日やってくるかもしれない。
それでも僕達は誰かを愛して生きていくしかないんですね。悲しみに怯えていては誰かを愛したりなんか出来ないから。
愛なんて錯覚にすぎないのは分かっているけれど、それでも構わないと思います。
バカタレであっても幸せに生きていけるんなら、それは素敵な事じゃないですか。
だから自分や恋人がバカタレなりの幸せを感じられている間に、相手にちゃんと想いを伝えておいた方がいいですね。
恋人・平野勝之が回すカメラに向かって「幸せだよ。」とささやくその表情を思い返しながら、そんなことを考えました。
いくつか物足りなかった点もありました。
まず1つに由美香が亡くなって以降の平野監督の喪失感や苦悩があまり描写されていなかったこと。ほとんどテロップで淡々と説明されちゃうんですよね。そりゃ好きな女が死んだら誰でも悲しいのは分かるけどさ。具体的にどう悲しんだのか、どんな思いでいたのかぐらい独り語りでもいいから教えてくれたってイイじゃないの、と。
そして何より不満が残ったのは、不倫された側である平野監督の奥さんがこの映画の中では完全不在なんですよね。
奥さんが平野監督と由美香の関係をどう思っていたのか、ちゃんと取材して撮るべきだったと思います。そうでないと、単に都合良く自己陶酔して切なくなってる男の話になっちゃうじゃないですか。
自己陶酔でも全然イイんですけど、「自分と向き合ったうえでの自己陶酔」と、そうでない自己陶酔では、質が全然違うと思うんですよね。
さらけだすんだったら、都合の悪い部分もキッチリ全部さらけだすような潔さが欲しかったな、と。
前述した過去作品「由美香」の中では平野監督の奥さんが登場して、「AV監督の旦那の仕事だから」と2人の関係を割り切って公認していました。
結婚してるんだからダンナの不倫をそんなアッサリ割り切れる訳ないんだけど、でもきちんとダンナのやりたい事を理解して協力してあげてるという尋常ならざる人間力を持った奥さんなんですよね。
ということは、林由美香が亡くなってから3年間も婚姻状態にあったって事ですよね。ますます奥さんの心境がどういうものだったのか気になります。
ここは絶対に作品の中に入れるべきだったと思います。
とはいえ、メッセージ性という点においてこの作品に曇りがあるかというと全くそんな事はありません。
平野監督の真っ直ぐな愛情・ひたむきさ・優しさ・ひとりよがりの言動・自分勝手な恋愛感情・自己都合的な感情の起伏。
「愛」の綺麗な部分も汚い部分も、見たい部分も見たくない部分も、全て映し出されているから作品に説得力があるんですね。
この映画には、作り手が全力で投げかけてくるメッセージを観客は否応なく受け取らざるを得ないような凄みがあり、平野監督の心の荷物の一部を観客も背負わされてしまうような強烈な訴求力のある作品になっています。
人が生きるということ・死ぬということ・誰かを愛するという事・そしてそれを失うという事・・・僕らが生きるうえで必ず避けては通れない喜びや悲しみについて深く深く黙考させられる素晴らしい作品ですので、是非映画館に足を運んで目撃者になっていただきたいと思う次第でござんした。
おしまい。